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MW-ムウ-
手塚治虫がタブーに挑んだ衝撃の意欲作として映画化される前から評判になっていたMWだが、いざふたを開けてみると興行成績は低迷、ネットでは酷評の嵐。
最大の理由が主人公2人が同性愛の関係にあるという設定をなくしてしまったことにあるのは明白。
なぜ監督はこの作品の背骨とも言える同性愛設定をなくしてしまったのだろうか。
男同士のsexマニュアル
サイゾーにその辺りの詳しい経緯、製作の裏話が書かれている。
(サイゾーより抜粋)
7月13日に、同作の岩本仁志監督と松橋真三プロデューサーが、秋葉原のデジタルハリウッド大学で特別講義を行い、その製作舞台裏を明かしたのだ。
その講義によると、なんでも『MW』はこれまでに、何人もの映像作家たちが映像化にチャレンジしてきたが、その設定がゆえに出資者を説得すること が難しく、何度も頓挫してきたという歴史があったという。そして今回も、有力な出資者から、「同性愛の部分を出すなら、金は出せない」といわれ、同性愛の 設定をはずさざるを得なかったというのだ。
「プロデューサーは、"たまっているうっぷんを、この場を借りて晴らさせてもらう"なんて言っていましたから、相当に、据えかねるものがあったので しょう。映画の当初の企画書まで公開して、本当はすべてをきちんと描きたかったということを、力説していました」(同講義の参加者)
もちろん、玉木も山田も同性愛シーンに関してはOKを出しており、ギリギリまで、2人もそのつもりで撮影に臨んでいたという。
結城がスルスルとズボンを下ろして艶かしくベッドに横たわり、「だいて!」と賀来に飛びついたり、賀来のたくましい胸板に頬を寄せ、「愛してる。ぼくからはなれちゃだめだ。はなさない」と賀来の乳首を甘噛みしたり――。
原作には、こんなシーンがいくつも出てくるのだが、これをもし玉木と山田が演じていたなら、原作ファンからの評価も違っただろうし、ボーイズラブ好きの腐女子も映画館に殺到したのでは。
「プロデューサーは、なんとかスポンサーには、ホモシーンはありませんといいながら、2人の関係を暗喩させるようなシーンをなんとか盛り込んだんだと、いっていました」(前出・講義の参加者)
実際に映画では、2人が通常の男友達にするよりは、"ねっとり"としたボディータッチが写されただけだった。これらの話を鑑みると、109-2の大看板もスポンサーへのせめてもの抵抗だったのかもしれない。
「スポンサー 金は出しても 口出すな」










